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ウォーゲームのサークル・千葉会のblogです。 毎月、第三週の土曜日と日曜日に例会を行っています。 その報告を主に、代表者のyagiが参加したゲームサークルなどについても、アップしています。
『拡大するNPC』
ふむむ。
以前の配置図に間違いーがありましてね。
検索に検索を重ねまして、一応の正確な配置図にしておきました。
まあ色柄で、どこが勢力を伸ばしたか分かるので、問題は少ないでしょう。
プレイヤーがいる中では、袁紹が順調に支配を伸ばしています。
曹操は周囲に強力な袁術や袁紹、それに劉表がいるため身動きが取れません。
もう一人の劉表は軍師が少ないので、ボチボチの伸び。
その他は、馬騰が董卓へ襲撃を繰り返していて。孫策は順調に河南の雄への道を進んでいます。
この辺りはプレイヤーの「邪魔な連中は削るか遠くへ」という目論みによります。
マーカーを確認すると、3ターンの時点になりますね。
このゲームは、群雄が多い割りに、進むのが早いので、写真を撮るタイミングが掴めないんです。
『南下がトレンディ』
南下がトレンディですか。トレンディなんて死語ですか。
では、この写真の状況を説明しましょうか。
人外魔境となった袁術がですね。近くにいると危険が危ないため、外交を駆使して南下してもらったんです①。
で、袁術が主力を連れて行ったため、スキを突いて曹操が、その領地へ進出して行きまして②。
それを見た黄河北部を制圧した袁紹も釣られて南下③。
曹操の留守を董卓が掠めて、と④。
劉表さんは魔法に疲れてお休みしてました。
って、ところです。
NPCとは、プレイヤーがいないところの意味なので宜しく。
『迷走するNPC』
まずはですねぇ。
武将は大したことのない董卓なんですがね。兵力だけは一番多いんです。「戦争は数だよ、アニキ!」ちゅう位なんで、近くにいると鬱陶しいので曹操が魔法をかけて北上。
そこへ馬騰が入り込みーます。
河南で勢力の伸ばしている袁術を削るべく、孫策をけし掛けますがね。
袁術が勝ちやがりまして。孫策の有力武将を悉く配下へと加えます。何だね、このゲーム状態。ホント。
こんなことろにゃあ、手も足も出ませんぜ。各プレイヤーは、支配地域が少なくなると外交で動かせるため、自分の遠くへと進出させては、動かせ難くなり。兵力の空いた地域を占有して、また動かしやすくしてーの。を繰り返していましたよ。
ご覧のように、6ターンに入っています。
これ以降毎ターン20%の確率でゲームが終わるため、明日なき機動で曹操は支配を広げました。
ところがこれが終わらんのですわ。
『官渡の戦い』
遂に史実の官渡の戦いが発生しました。
ええ、曹操も周りが強く成り過ぎて、行き先がなくなり。袁紹も曹操が一番組し易しだったんです。
史実と違うのは、勝ったのが袁紹ということ。
おかげで、曹操は大兵力を失ってしまいます。これで脱落に近くなったため、洛陽へ進出して来た馬騰をヤケクソに強襲。これがまた大失敗しまして。許褚に荀彧、それに程昱までも馬騰へと降ります。
20%でゲームが終わるのですがね。
こう言った、自分がダメになった時に限り、最終の9ターンまで続きましたよ。
トホホ~。
でも、やっぱり傑作だわ、コレ。
翌日もやりましたが、その時はもっと史実に近い展開でしたしね。
では、土曜日の私が対戦した『SHIFTING SANDS』のリプレイをお送りします。
この日、千葉会に初参加の提督さん。
サンセットから購入した『SHIFTING SANDS』を持参し、私と対戦となりました。やはり、和訳付きだと、参入に強みがありますね。サンセットの英断には頭が下がります。
さて、サイコロを二個振って「大きい方が枢軸軍」として陣営を決めたのですが、私が振ると10。
「こりゃ、アタシが枢軸軍かい?」と思っていたところ、提督さんの出目は11。案に違い、提督さんが枢軸軍、私が連合軍と決まりゲームは始まりました。
個人的には、初心者が枢軸軍をやった方が、楽しめると思っていましたので、これはこれで良かったです。
『イタリア参戦』
1940年の夏。イタリア軍は初手でハルファ峠を占拠します。
提督さんはウォーゲーム自体が久しぶりの対戦で、『SHIFTING SANDS』も、当然に初めて他人と対戦になります。しかし、ソロで何度か動かしてみたと言っていた通り、ちゃんと定石を押さえていました。正直、CDSをソロで動かすのは、あまり聞いたことはなかったのですが、一生懸命にやったんでしょうね。それがこちらにも伝わって来ました。
連合軍はインド師団とオーストラリア師団を動員。エジプトの現有兵力でハルファ峠の出口を押さえ、動員されたインド師団はエチオピアを目指します。
『ハルファ峠奪還』
実は、1ターンの連合軍の手元には、増援カードが二枚とも来ており、余裕がありました。一枚も来てないと、大きく崩れる危険があったのですが、二枚あれば崩れる心配もなく、反撃の下準備だけを整えていけばいいのです。
ハルファ峠では連合軍が「コンパス作戦」を発動。マチルダさんが先頭に立ち、イタリア軍を追い払います。
枢軸軍は、続けてイタリア軍はエチオピアにGDS師団を動員、ハツームを目指し前進を開始します。枢軸軍は、エジプトへの足掛かり確保といい、エチオピアでの攻勢といい、上手く連携を取れています。
これは苦戦するかな、と案じました。
連合軍は、先の移動でアスワンまで到達していたインド師団を、ハツームへと到着させ、イタリア軍の前進を阻みます。
『バーベラ攻略』
ハツーム攻略に見切りを付けたイタリア軍は、今度はバーベラへと兵力を向け、そこの占領に成功。
この辺りの見切りは、研究の成果が見て取れます。
もっと上手くエジプトとの攻勢と「イタリア艦隊」とのコンボが決まっていれば、連合軍にサドンデスのプレッシャーを与えられたのですが。
『東アフリカのビクトリー・クロス』
ところが、連合軍はイギリス軍のBGに戦車BGも増強。さらに「ビクトリアクロス」をブッ込むでバーベラのイタリア軍の焼いて、奪還します。
私が考えている序盤の連合軍の戦略は、エジプトは部隊の増派で膠着を目指し、早期の攻勢をエチオピアや近東で始める、というモノです。
そのため、ハルファ峠の占領がものをいいます。ここを手中に収めていれば、ロンメルの攻勢が始まっても、動員した兵力を投入するだけで、凌ぎきれるのです。
そしてエチオピアでの攻勢を優先し、近東はそれが終わってから。そうやれば、主戦場であるエジプトでの負担を減らしていけると踏んでいます。
その他と言えば、夏の終わりには、イタリア軍はギリシャへと侵攻。
史実と違い、バルボがイタリア軍の指揮を取り、グラツィーニはお家で留守番です。
ゲームは1941年へと進み、ゲームの主人公である「ロンメル」の登場です。
『トブルク陥落』
ロンメルが登場しても、前線にはイタリア軍しかなく。しかもハルファ峠の攻防戦で大損害を受けていたため、撤収を余儀なくされます。
連合軍は前進するつもりはなかったのですが、イタリア軍の主力は後退し、ドイツ軍の前進も遅れ気味だったため、弱いモノイジメでイタリア軍を攻撃して行きました。
何せ、手元に「クルセイダー作戦」が来たのですが、このカードはエジプトかリビアでしか使えません。仕方なく、連合軍は前進を行い、その「クルセイダー作戦」を発動させ、トブルクを陥落させます。退路のないへタリアの皆さんは、枕を並べて捕虜収容所へ。討ち死にではないしょ。
連合軍は、エチオピアへ戦車やポーランドなど、雑多なBGと投入。私は”連合軍”なんですから、こう言った雑多な部隊を上手く使うのが、一つのポイントであると思ってます。特に、兵力の少ないこのゲームでは。
エチオピアではバーベラからイギリス他のBGが前進。アジス・アベベを占領。
枢軸軍はこの側面からの対応を見逃しており、これでエチオピアのイタリア軍はゲリラ戦へと移行します。
『DAK前進』
ドイツの装甲BGで増強された枢軸軍は、キレナイカ地方を前進します。
この写真の後、連合軍はハルファ峠に篭り、ケツ持ちにソーファンを強化します。
まだドイツ軍の装甲師団は登場していませんが、ロンメル相手に殴り合いをする気はありません。
他の戦線での攻勢を優先していますし。
『エチオピア掃討完了』
エジプト戦線がハルファ峠で睨み合い続けている中、連合軍は東アフリカのイタリア軍を一掃します。4ターンでした。まだ「エチオピア戦役」も使わなく、兵力も当初から投入してあるインド師団が主力でしたから、大成功と言っていいです。
このエチオピアへ戦車BGを一つ、二つ持っていくと、攻勢の進展具合が大きく違って来ます。注意が必要なのは、予備ボックスに戦車BGがなくなってしまうこと。
その状態でエジプトの第7戦車師団が壊滅すると、再編成が不可となる永久除去です。今回の対戦でも、その様な事態があり、内心肝を冷やしていました。
後ほど忘れた頃に、「エチオピア戦役」が手元に来て、「ああ、使ってなかったのね」と拍子抜けしましたねぇ。いつもは、「エチオピア戦役」の来るのを、今か今かと待ち焦がれるんですけど。
『DAKエジプト乱入』
ハルファ峠での睨みあいが続くと思っていたら、DAKはそこを迂回し、シディ・スレンマンからソーファンを襲撃し、そこの占領に成功!
ハルファ峠の連合軍スタックに危機が訪れました。連合軍は一大反撃をソーファンへと仕掛けました。
ところが、狙った側面攻撃はさいの目1で失敗。逆にドイツ軍に先打ちをされ、結果的に連合軍の攻撃は失敗に終わりました。
ここからDAKがエルアラメイン方面への攻勢を成功させた場合、連合軍の主力が補給切れで永久除去となるため、投了となる可能性がありました。
内心冷や冷やしていましたが、枢軸軍は攻撃に出ず、部隊の入れ替えを行っただけ。
yagi「さては、カードがありませんな?」と聞くと。
提督「そうなんです。残念です」との返事。
やれやれ、と連合軍は危険を避けてハルファ峠を放棄し、後退します。
それが上の写真になります。
他の状況としては、枢軸軍の「イタリア艦隊」の出撃が成功し1ゲット。さらに「シーデビルとEボート」を無視して「マルタ島輸送船団」を送り込んだため1ゲットしています。
連合軍は「マルタ島輸送船団」を二つ送り、残り一つで「マルタの勝利」が出来るまで進めました。「マルタ島輸送船団」の一つは、先の通りに1VPを枢軸軍へ渡すため、無理する必要はありませんでしたが、まあいいんじゃーん、と。
『勝負の年度』
予想していたDAKによる攻勢は行われませんでしたが、厳しい戦いの1941年が終わり、1942年へと進みます。
結局、エジプト周辺ではハルファ峠での睨み合いに終始しました。
両軍とも積極的に攻勢に出る意義が見出せなかったのです。
でも、DAKはやっておくべきだったと思いますよ。
ロンメルを先頭にした攻勢を行えば、連合軍はエジプトへ何かしら対応を迫られます。こうすれば、近東やエチオピアでの行動に集中できませんでした。
『近東危機一髪』
枢軸軍は「イラクの反乱」に続き、「イラクの支配」のコンボで、近東の枢軸軍であるイラク軍とビシー・フランス軍が活動を開始します。
それに対向して連合軍は、近東は動員いたままの1940年オーストラリア師団がエルサレムから、それにインド師団をもう一つ投入。この二つでイラクを制圧を目指します。写真のこのインド師団がバクダッドを占領したところになります。
さらに「中東の危機」で転送された2個師団も増派し。というか行っちゃったんですな。この合計4個師団で、ベイルート要塞で抵抗するドイツ第5山岳師団へ襲い掛かります。
『ベイルート陥落』
連合軍の波状攻撃により、ベイルートは陥落します。
8ターンでした。
これで近東と東アフリカでの掃討を終え、DAK相手に集中できます。
そしてもう一つの転換期が訪れます。
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