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2017-12-15 21:11

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2011-05-29 21:10

『土浦で激マン』

茨城会へ参加しましてね。
『激マン』を対戦してきました。
リプレイの前に、今回の会場である土浦市亀城プラザを紹介しておきます。写真は色々(SDカードを忘れたの)ありましてね。撮りそこねました。

土浦を西口に出ましてね。駅近くの天ぷら屋さんで、お昼とランチビール(マイドかい!?)済ませる、と。茨城会代表のstrtakeshiさんから「雨だから(どうせアンタ酔っ払って辿り着けねえべ)迎えに行きますよ」メールを受けたのですが。ほろ酔い加減で、彼方此方に喧嘩を売りながら西進。会場である亀城プラザに到着しました。
何となんと、向いには土浦城
以前、自動車で土浦入り下した際に、地理感がアウトになり迷子になりました。城下町だから、敵軍の進入を防せぐために、道路が複雑だと聞いてはいましたがね。ここまで見事な城郭が残っているとは思いませんでした。震災の影響はあるそうですけど。
土浦城については、こちらリンクから手助けを貰いました。
 
で、会場に入ると1階にグラーフ・ツェッペリン号
1/20ですわよ、奥さま。これはいい仕事してますわ。しかあーし。ああ、SDカードがない(´・ω・`)
意気消沈していると、strtakeshiさんがSDカードを自宅まで取りに行ってくれまして。ツェッペリン号は間に合いませんでしたが、リプレイは確保しました。
土浦はこれまであまり縁がなかったのですが、ウォーゲーム関係の知り合いのお陰で、温故知新しまくりですわ。おほほ。
 
さて、土浦の観光案内もしましたし、リプレイへと移りましょうか。お相手は水戸爺さんでした。
水戸爺さんからドイツ軍の希望がありましたので、私がソ連軍を担当することとなりました。
私はGJ版のルールを採用した場合、ソ連軍必勝と思っています。実際に、ソ連軍を担当して負けたことがありませんし、これからも負けるつもりはありません。
幾つか、問題点を挙げておきましょう。
勝利条件が35VP獲得時点で終了となる。司令部が指揮範囲に部隊がないと除去になる。これらはテストプレイの不足によるのでしょう。テストの不足はQ&Aの多さを見れば一目瞭然。
MMP版では、これらの問題を上手く調整していました。
私はMMP版でのプレイ経験がありません。それでも、『激マン』との違いを書き出したので、だいたいは把握しています。

御託はいいですね。では、リプレイへと戻ります。
色々と書きましたが、ルールはGJ版としました。ルールブックをそれしか無かったためです。私なんかゲーム自体を持って行きませんでしたから。
 
写真はセットアップを終えた時点になります。
私の戦略はですね。以前から言ってあるのですが、ソ連軍の攻撃戦力を2手に分け、南北でラッシュを仕掛けてドイツ軍を崩す、です。
ラッシュというのは、私の造語なので。
この『激マン』で採用されている所謂“チット引き”のシステムは、チットに司令部の名前が書かれていて、それらをカップにまとめて入れ。そこから1枚ずつ引かれた司令部が活性。その指揮範囲にあるユニットが移動と戦闘を行えます。そこで司令部の指揮範囲を重複化させておけば、何度もユニットが移動と戦闘を繰り替えせるのです。そのさまがラッシュに似ているので名づけました。
 
では、ソ連軍の戦略を写真とともに述べて行きましょう。
マイドマイドで変わらないんですけどね。
まず、 (①、写真は南北が逆転しています)北部でラッシュを仕掛け。H2Aを壊滅させます。一旦、矢印が大回りになっているのは、このゲームの戦闘結果によります。
後退型の戦闘結果のため、よほどオッズが上がらないと損害はありません。そのため、一度部隊を敵軍の後方へ浸透させて、包囲攻撃を行えば戦果が上がるのです。いや、包囲攻撃をしなければ戦果が上がらんのです。
序盤にH2A=北部へ攻撃を集中する理由は、増援を効率的に運用するため。ソ連軍は、かなりの戦力の増援を受け取るのですが、それらのユニットは鉄道に乗って現れるのです。セットアップでのH2Aは、その鉄道を阻害しており、入り組んだ河川を前面にしているため、正面攻撃では効果が上がらない上に、これらのユニットを排除しなければ、有力な増援を最前線へと投入するのが遅れてしまいます。
H2Aの掃討が終わったら、ハリコフを目指します。
それの見当が付いたら、南部でラッシュ②。
最初にラッシュしない理由はですね。ドイツ軍が下がるから。このゲームをちょっと経験した人間なら、この理由は分りますね。ドイツ軍の前線には、ゲームでは省略されているスターリングラードの解囲へ向かった装甲師団、歩兵師団が集結しています。その状態でソ連軍の攻勢を受けたので、それらの多くを失う危険があるのです。そのためドイツ軍は必ず撤退をします。
奇策で「激マン・スパーク」もありますが。奇策ですからね。オレには通用しないぜ。
そしてある程度ドイツ軍が撤退した時点で、ラッシュを南部で行います。ドイツ軍が下がれない状態で、何度も攻撃を掛けられるのは、さ。嫌だろ。それで幾つかドイツ軍を喰えればOKだし、ロストフへ突入すれば、ソ連軍の勝ちは動かないぜ。多分な。
後は、ドイツ軍の出方次第で臨機応変に対応します。実は、これが一番重要。
 
『1ターン』
ソ連軍はゲーム開始当初に、特別の攻撃を行えます。
それを6A(シックスアングル、ではなく第6軍)にしました。他に攻撃態勢が整っている司令部がないんですよね。
では、活性化した司令部を列記して行きましょう。
Stavka⇒1GA⇒Holit⇒H2A⇒6A⇒2GA⇒4Pz
偉そうな事を散々書いて来ましたが、久々なので腕が落ちています(´・ω・`)。Stavukaの活性化の際に、5SA司令部を動かし忘れました。あれあれ( ̄∇ ̄;)。攻撃も幾つか忘れてしまいましてね。あれあれ×2( ̄∇ ̄;)( ̄∇ ̄;)でしたよ。
ドイツ軍はHolitと4Pzの活性化で中央へ兵力をスライド。チットのめぐりにより、ドイツ軍に損害が少なかったですね。
さて、ソ連軍は最初から大きいポカしてます。
5SAが前進忘れたため、作戦の組み立て自体も変えなければならなくなりました。やれやれ。
ソ連軍は予定通り、北部でのラッシュ。
そこそこかな。いや、6A司令部が大河を渡河できてないので、いまいち運がドイツ軍へ傾いているみたいです。チットの順番も微妙にドイツ軍寄りでしたし。しかし、まあこんなモンでしょう。激マンは。
それと私がドイツ軍なら、活性化する司令部が違いました。Holitではなく、R2Aを選んでいました。
理由としては、Holitの部隊は前線に配置されている歩兵師団を助けようがないんです。後方の装甲師団が喰われるのは困るけど。まあ、このゲームを持っている方はちょっと考えてみそ。オレの言ってる事。
 
 
『2ターン』
ああ、ピンボケ。1眼レフデジカメで何やってんだオレ。
さて、5SAのミスにより、ソ連軍は戦略変更を余儀無くされました。そのため水戸爺さんに断って長考したくらいです。オレが長く考えるなんて滅多にねえぜ。
1ターン終了時点では、ソ連軍の部隊は5SAの指揮範囲ギリギリまで進出していたのです。コンボを組む2GAはその先でした。当初の予定通りに、この状態で2GAが活性化してしまうと、多くの部隊が5SA司令部を置いて前進してしまいます。で、その後に5SAが活性化すると、指揮範囲には誰もいない、と(´・ω・`)。
それでは、5SA が活性化する意味をなしません。チットのめぐりに賭けて、5SAを入れる事も考えてみました。1GAの前に、5SAかStavkaが引かれればいい訳ですから。しかし、それよりも北部でラッシュを掛ける方が効果を見込めると判断しました。というのは、H2Aが未だに健在で。2ターンにソ連軍が活性化しただけでは、壊滅させられない、と思ったのです。ですから、ギャンブル的に5SAを入れるより、手堅く6Aと1GAを入れる事としました。
 
では、活性化した司令部になります。
6A⇒1GA⇒Stavka⇒Kempf⇒Holit⇒2GA⇒F-pico
北部では、ソ連軍のトリプルムーブで、H2Aを壊滅へ追い込みました。南部では、Holitの一部を壊滅させました。ね?Holitの歩兵師団は逃げられないでしょ?
ドイツ軍は、南部で装甲師団がドネツ河の西部まで、整然と撤収しています。まあ、これらの部隊を喰えるとは思ってませんでしたけどね。
北部では、F-picoがオスコム河で戦線を構築。その中心はクビアンスクでした。
さて、ここでドイツ軍に突っ込みしときます。青円内(A)の部隊は必要だったでしょうか?
ソ連軍の司令部が何処にあるかを考え、それらが活性化するとどうなるか予想してみてください。ラッシュが効いたら孤立しませんか?
ドイツ軍は兵力的にもVP的にも、このようなリスクは犯すべきではなかったですね。まあ、小煩いオヤジだと笑って許してくださいな。
 
 
『3ターン』
活性化した司令部を順に挙げていきます。
2GA⇒F-pico⇒4Pz⇒Kempf⇒Stavka⇒マンシュタイン(4Pz)⇒5SA⇒1GA
南部で2GAが活性化して、攻撃態勢を整えます。すると、ドイツ軍はタイミング良く、部隊を入れ替えます。
そこでソ連軍のStavkaで一大活性化。ドネツ河へ橋頭堡を築きました。そこをマンシュタインで4Pzが活性化し即時反撃。渡河したソ連軍を叩き出します。さらにソ連軍は5SAの活性化で再度の渡河攻撃を行い、またともや橋頭堡を構築。しかし、そこへ突出した歩兵師団は補給切れとなってしまいました。北部でも、ソ連軍は攻勢を継続。F-picoの諸部隊を押し捲ります。先にドイツ軍が活性化し尽くしてしまうと、後はソ連軍のやりたい放題になるので、困るんですよね。避けようはありませんけど。
北部と南部に、ソ連軍が密集しているのが分りますね。で、赤円内にもソ連軍がありますでしょう。
これはドイツ軍の特攻を防ぐため。特効をちょっと説明しましょうか。
これはですね。ドイツ軍がソ連軍の補給源を狙って突進することなんです。実は、このゲームでソ連軍は補給源が3ヶ所(実質的に2ヶ所)しかないんですね。それをドイツ軍に押さえられてしまうと、ソ連軍の皆さんは丸ごと補給切れ=孤立。そうなると、移動力も戦闘力も半減します。まあ、これが成り立った時点で、ソ連軍の投了決定ですね。はっきり言って。
それを阻止するために、ソ連軍は無駄になるのを承知で赤円内へ部隊を配備しているのです。その目算は「ドイツ軍に何手番を掛けさせるか?」になります。具体的には、2手番でドイツ軍は警戒線を引いているソ連軍を壊滅させ。3手番目で走れるとしたなら、やってみるだけの価値はあるでしょう。しかし、3手番掛からないとソ連軍の戦線を破れないとしたら。そこまでリスクを背負ってギャンブルに出ることは考えられません。その封じ手として、これらの部隊を置いているのです。下手に前進しても、戦線が薄くなる危険があるので、この辺りに居ついてます。
 
 
『4ターン』
 
活性化した司令部の順番です。
F-pico⇒2GA⇒Holit⇒Kempf⇒1GA⇒5SA⇒Stavka⇒マンシュタイン(4Pz) ⇒4Pz
ソ連軍は2GAの活性化を生かす。ドネツ河を渡河して補給切れとなった歩兵師団と、後続の部隊を入れ替えて攻勢を継続します。しかし、サイの目に恵まれず、橋頭堡を拡大できません。
ドイツ軍としても、Hplit、Kempfと続いても、動かすべきユニットがなく、ただ眺めているだけでした。
ソ連軍は1GAで北部を圧倒。さらに南部でも5SA、Stavkaとようやくラッシュが掛かります!
大河越えの攻撃で、なかなか成功しませんでしたが、遂に渡河に成功!部隊を捻じ込みます。
そこをチットが尽きたのを見越したドイツ軍が反撃。
突出したソ連軍へ教育します。このまま反撃を継続かと思われましたが、ドイツ軍は撤収します。これは失策でしたね。というのは、このまま勝負をかけていれば、渡河したソ連軍は補給切れだったのです。
 
失策は言いすぎかも知れませんね。その理由としてなのですが、このターンにソ連軍は増援としてPopovを受け取っていたのです。これらの部隊で、ソ連軍の先遣隊を補給切れにしたドイツ軍の、その後面を突けたのです。
北部では、ハリコフの前面まで迫っていますね。このドイツ軍が行った布陣も危険なものでした。前面で守る、もしくは1当てして時間を稼ぐ、という考えは分ります。しかし、この周辺は河川が入り組んでいるものの、橋が多いため、攻撃に適しているのです。それは次のターンに現実化します。
 
 
『5ターン』
 
活性化した司令部です。
Stavka⇒4Pz⇒1GA⇒Kempf⇒F-pico⇒5SA⇒マンシュタイン(4Pz)⇒6A
最初の活性化はStavka。これでソ連軍の全部隊が動けます。そして南部と北部で攻勢。北部では、ハリコフ前面のドイツ軍を壊滅させます。南部では、ドイツ軍の歩兵師団へ攻撃し、浸透します。
 
そこでドイツ軍は活性化した4Pzに反撃を下命。突出したソ連軍へ教育を行います。敵ながら、見事な反撃が決まって嬉しくなってしまいました。
 
ドイツ軍の反撃もここまで。ソ連軍は南部ではムリをしなかったのです。5SAで活性化しても、戦列を整えただけ。そう、スクラムを組んでしまえば、ドイツ軍の反撃もそれほど恐くないのです。
ソ連軍はこのターンに、北部でのラッシュを狙っていました。Stavkaはともかくとして、6A と1GAを仕込んでいたのです。その1GAでハリコフを一撃奪還。近辺にあった装甲師団は取り逃がしたものの、6Aの活性化で一気に突進しました。これでドニエプル河まで到達したため、全部のドイツ軍が補給切れ、と思っていましたが違いました。サポロジェには鉄道は通じてませんが、道路は通じていたのです。これは新発見で驚きました。
面白かったのは、ドニエプルペトロフスクには0.5移動力足りず、ドイツ軍の増援が先回りしたこと。似たようなことが、ソ連軍もあって。ドイツ軍の鉄道線を押さえる部隊が司令部しかいないため、するりと抜けて奥地まで進出したこと。これも初めてでした。
 
 
『6ターン』
 
 5SA⇒6A⇒マンシュタイン(Holit)⇒マンシュタイン(1Pz)⇒F-pico⇒Holit⇒1Pz⇒Stavka⇒Popov
ソ連軍は一番手で5SAが活性化しましたが、ドイツ軍の厚いところしか攻撃できず、側面へ回り込むような機動をするだけでした。続いても6Aが活性化しましたが、兵力が分散しているのと、ドイツ軍との距離が開いており、前進しただけ。それでも、次にStavkaが引かれたら、ドネツ河ではロストフへの道が開かれており。ドニエプル河では、サポロジェやドニエプルペトロフスクが危機的状況になっていました。
そこで引かれたのはマンシュタイン。ドイツ軍はHolitを活性化させ、危機的なドニエプル河での防御態勢を整えました。続いて引かれたのは、またもやマンシュタイン。これで1Pzを活性化させ、一気にロストフを駆け抜けました。ここまで見事に危険を潜り抜けるので、敵ながら嬉しくなりました。
次に引かれたのはF-pico。これは敵中に取り残されていたので、司令部だけでしたが、ドイツ軍の戦線へと収容されました。
次の活性化はHolitでした。ドニエプル河での装甲師団により、戦線を構築。突出しているソ連軍歩兵師団=増援により鉄道で移動して来た部隊を壊滅へと追い込みました。
次のチットは1Pz。ここでドイツ軍はロストフの放棄を決断。ミウス河まで撤収しました。この見切りは見事でした。
ただし、VP的には危険な綱渡りですが。この時点でハリコフと壊滅したドイツ軍13VP(歩兵師団×10、装甲師団×1)で23VPをソ連軍が得ていました。包囲下にあるドイツ軍の歩兵師団が2個あり、それらを助けようはありません。ですから、ロストフを占領されば、この2個が壊滅する前に、ハリコフの奪還が必要となるのです。
水戸爺さんもそれは覚悟していました。
次に引かれたのはStavka。
ソ連軍の一斉攻撃でしたが。実は、ドイツ軍に守りを固められてしまい、手が出ません。それでもジリジリと間合いを詰めます。狙いがあったのです。
そして最後に引かれたのは、Popov。
スタリノへ詰め寄っていたのです。戦車部隊も入れるつもりでしたが、ドイツ軍の態勢を見て、隙を作るのを懸念。スクラムを組ませてしまっていました。
そしてスタリノへの攻撃は1.5対1。これまで散々“1”に泣かされたソ連軍でしたが、ここでツキが戻ってきてサイの目は“5”。DRでスタリノへの突入が成功。
サドンデス勝利が決定しました。
勝つためだけにプレイしている訳ではありませんが、自分の予想通りに行けたので、嬉しさ格別でした。
 
GJ版ではバランスの問題があります。それでもやってみると(゜∀゜)イイもんです。多分、これくらい忘れた頃に対戦するのが、良さげですね。
それとソ連軍に遊兵となっている部隊が結構あるので、その辺を考えてみますかね。次回は。って何時になることやら。

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2010-11-23 21:11

『茨城会でロシキャン×2』

先週の茨城会へ参加しましてね。
コマンドマガジン『THE RUSSIAN CAMPAIGN 2』をですね。
2面打ちして来ました。
お相手は水戸爺さんと紫の旗さんのお二方。
「ロシアキャンなら、2面打ちでもOKっすよ」と言ったら、「じゃあ、お願いします。」と。
内心「えっ、やっぱり!?」とビビったのは内緒。
両方ともソ連軍でした。どちらかがドイツ軍なら無理なんですけど。
忙しかったので、写真はなーしです。

2面打ちでも問題ないと判断した理由はですね。
最近錬度の高い人間と集中して対戦し続けているので、ロシキャンの本質を掴めたのです。
そして自分なりのソ連軍の戦略を確立させているのです。

良く、「どこに何戦力」とか「どのユニットがいるといい」とか聞きますね。
でも、そんな事は大した問題ではないんです。
要は、自分がどのように戦争を行って、どうやって勝つかをイメージできるかどうかなんです。
たまに、戦略を凌駕する駒捌きがありますがね。
オレにはそんなモン必要ねえ、です。そんな奇策で勝ったとしても、意味はないと信じています(「オメーが言うな」、の非難がGOGO聞こえう)。
できるだけ、どのようウォーゲームでも、史実や実生活でも共通する“理”を追求する。王道の勝利を目指すようにしています。
だって、ろくに戦力がない空挺が首都を攻略したり。補給源だからと都市に上陸して首都を目指すとか。オカシイっしょ?
まあ、あまりそんな観念的な事を言われても、ウザイだけなのでリプレイに行きませう。

最初に始まったのは水戸爺さんとの対戦で、こちらを『THE RUSSIAN CAMPAIGN』一番。
それより遅れては紫の旗さんとの対戦で、『THE RUSSIAN CAMPAIGN』二番とします。

『THE RUSSIAN CAMPAIGN』二番
まずは、紫の旗さんとの対戦からお伝えします。

配置は上のような感じでした。わざとブレストを薄くしました。
紫の旗さんの腕前を知るためです。事前の会話の中では「ソロプレイで5~6回やりました」と言っており、それがどれ程なのかを試したのです。
紫の旗さんは、そのブレストを突破口に、2線目まで突進して攻撃して来ました。
やれやれ、ちゃんとロシキャンを理解しているぞ、と身に染みる事になりました。

指手として悪くない紫の旗さんでしたが、サイの目は最悪に近いものでした。
1ターンの攻撃で、中央軍集団が行った7-1の最高オッズでは1のDR(×2)。襲撃した2線目もCだかEX。オデッサへの3-1はAR。これでドイツ軍は行き成り苦しくなりました。
ソ連軍は突出した中央軍集団の装甲軍団×2のスタックを包囲攻撃を行いました。そう、そこまでの余力があったのです。それには失敗しましたが、戦線は張れていました。

2ターンの紫の旗さんはルーマニアからの突破を指向しました。
増援をルーマニアへ送り、前線は南方軍集団の司令部からスツーカを飛ばして突破を目論んだのです。
これは初めて見る手なので驚き・・・。いや、嬉しくなりました。「こういう手もあるのか」と。しかし、ここでもサイの目は芳しくありません。
主力の中央軍集団と北方軍集団は、ソ連軍の戦線に引っ掛かって前進が捗りません。

3ターンの天候は晴れ。
ここでお天気が崩れたら、そのまま勝負が決まったのですが、思うようになりませんでした。
後に触れますが、先に進んでいた『THE RUSSIAN CAMPAIGN』一番でも晴れだったので、「こっちでも晴れかよ」と思ったモンです。
お天気は良かったものの、ソ連軍の前衛配置が効いて、中央軍集団と北方軍集団は前進しただけ。精々、スモレンスク周辺で南方旋回を遅滞すべく置いた、ソ連軍の戦車軍団を排除しただけ。
北方軍集団がやっとでレニングラードへの攻撃態勢に付いたくらいでした。
南方軍集団は~。良く覚えてないなー。ソ連軍の遅滞戦術にハマってたような。

そして4ターンは降雪。
これでレニングラードはオッズが立たず攻撃不能。モスクワは届かず。キエフもオッズが立たず断念。
唯一、防備が手薄だったドニエプルペテロフスクを強襲占領しますが、ソ連軍の反撃により奪還されてしまいます。これでサドンデスが決まりました。

さて、先ほど述べましたが、紫の旗さんはソロで研鑽しており、指手としては決して悪くありませんでした。
ただ、何分古いゲームなので、サイの目が偏るとどうしようも無くなってしまいます。今回がそれに当て嵌まるでしょう。
私が2面打ちを受けた理由の1つも、どちらかの対戦はこのような結末になると予想していたからです。
体調も良かったし、酒も飲まなかったしw。


『THE RUSSIAN CAMPAIGN』一番


続いて『THE RUSSIAN CAMPAIGN』一番に移ります。
お相手の水戸爺さんは、VASSALで通信対戦しているのを知っていてですね。穴の無い配置にしました。
41年5/6月ターン

がー、Aには5戦力しか置かなかったため、自動的勝利を決められてしまいます。
そこからキエフ軍管区を突き抜けられ、ソ連軍が2ターンで粘る予定の山岳を押さえられてしまいました。ついでに言えば、中央軍集団と北方軍集団ではサイの目が走り、前線のソ連軍の皆さんは居なくなってしまいました、とさ。やれやれ。

41年7/8月ターン
ソ連軍は中央軍集団と北方軍集団の前面では、いつものように前衛配置で挑みます。しかし、先のターンに、サイの目が走った分、ソ連軍の戦線は弱体でした。それは如実に出たのが南方。キエフ前面がキレーに無くなっちゃいました。ああ、中央軍集団と北方軍集団でも同じことが起きてました。
ソ連軍はここで一気に戦線を後退させ、レニングラードやモスクワ前面まで下がります。二番でもありましたが、南方旋回を遅らせるべく、スモレンスク周辺に戦車軍団を配備しました。

41年9/10月
天候は晴れ。やれやれ、です。
ドイツ軍はレニングラード前面が強固に防備されているため、一部を南方旋回させ、主力はモスクワへと接近させます。そしてカリーニン北部で渡河。モスクワ河へ楔を打ち込みます(地図で探したけど、マップでの河川が何か不明でした)。そしてキエフやドニエプルペトロフスクを攻略。
ソ連軍は中央から南方でも脅威を抱える事となりました。

41年11/12月
天候は晴れ。一瞬投了と咽元まで出掛かりました。それほどこの戦況は厳しかったのです。
ドイツ軍はモスクワを攻略・・・、に成功しましたが、占領に拘りません。モスクワのソ連軍を後退させ、それ以上踏み込むことはありませんでした。
南方では、ハリコフ、スタリノを攻略。セバストポリは孤立化させています。
この時点でソ連軍の労働力は2まで減っていました。配置されていたレニングラード以外の労働者をイカレたのです。
ソ連軍を担当して、ここで追い詰められたことはありません。
しかし、ドイツ軍は次のターンに降雪があるため、ソ連軍との距離を空け、冬営へと移りました。
ソ連軍?ソ連軍はドイツ軍の主力である、モスクワ周辺から東進させぬよう、増援で現れた部隊を並べるのが精一杯。

42年1/2月
漸く降雪。ソ連軍のお休みできるターンです。
ドイツ軍は冬営に移ってましたが、布陣の弱体な南方にソ連軍は親衛軍を送り込み、反撃の態勢を取りました。しかし、それ以上は困難なため、失った戦力の補充に追われます。

42年3/4月
記憶では、軽い泥濘でした。
ドイツ軍が冬営のため、ソ連軍との距離を置いていたため、戦闘は起こりませんでした。
はっきり言いましょう。ここでドイツ軍はフィンランド軍で攻勢を行うべきでした。唯一のスツーカを使え、これでレニングラードへ迫るのが良かったのでしょう。
フィンランド軍が仮に1ユニットくらい失ったとしても、天候が良好になり次第増援として受け取れ。フィンランド軍のみでレニングラード強襲を狙えたのでした。ドイツ軍の兵力も、この周辺には最低限しか配備していませんでしたが、もうちょっと。例えばフルスタックの歩兵軍団+司令部を置いてあれば、いつでも攻勢を取れたのです。
それが無かったため、ソ連軍としては安心でき、先々反撃の礎に出来たのです。

42年5/6月~秋まで
ここからは記憶が定かでないため、ちょっと省き気味になります。
天候が回復しての、ドイツ軍の攻勢は史実に近いものでした。クルスクを基点に東進を目指したのです。
ソ連軍は「溶鉱炉に人間を投げ込む」状態。回復した労働力に、レンドリースとして受け取った
補充。さらに増援を投入して、漸く大規模な突破を防いでいました。
ソ連軍としては、兵力も決して増えて行かず、戦線も後退を繰り返すという、厳しい戦いが続いたのです。
しかし、私には強みがありました。そんな戦況はマイドマイドだったのです。

42年~43年冬
天候が悪化するまで、ドイツ軍の進撃は続き、遂にスターリングラードまで達しました。
ソ連軍は最終防衛ラインまで押し込まれていました。2重の戦線を構築する兵力はなく、ヴォルガ河で、スターリングラードからサラトフまでで戦線を張るのが精一杯。最南端のアルハンゲリスク前面には戦線は存在せず、その都市に2個ユニットを入れて死守する構えでした。
そして前年より早く天候は悪化したのです。
ソ連軍は、ドイツ軍が薄いままにしていたレニングラード前面で攻勢に出ました。
そして降雪になり、ドイツ軍の中央軍集団の後方へ空挺降下を決行。パルチザンも使い、ドイツ軍の戦力展開を妨害しました。
この冬が明けるまでに、ソ連軍はほぼ無血でリガを占領・・・、いや解放でしたか。ドイツ軍の中央軍集団は、ソ連軍の波状攻撃を受けて壊滅状態でした。
しかし、物語はここで終わることはありませんでした。

43年の死闘
壊滅寸前のドイツ北方軍集団でしたが、増援のSS装甲軍団が到着し戦力は何とか整いました。そのSS装甲軍団が大活躍するのです。
リガを解放し、さらに西進を目指したソ連軍の先鋒。親衛軍のスタックへ反撃を行い撃退。さらに追撃を行い壊滅状態へと追い込みます。これはミンスク前面の中央軍集団戦区でも行い、一時はドイツ軍の攻撃が終わると、ソ連軍がいない状態になっていました。あまりにも見事な反撃で、敵ながら天晴れ。笑ってしまえました。
ソ連軍の北部での攻勢が頓挫した後に、攻勢の舞台となるのは南方。キエフの前面でした。
ソ連軍は冬の間に、精鋭部隊を各地に分散する防御態勢から、密集させる攻撃態勢に変えていたのです。オッズは上がりませんが、3ヵ所で攻撃を行えば、その内1~2ヶ所は成功します。そこから親衛軍を捻じ込んで、ドイツ軍スタックを包囲したのです。
ドイツ軍はバラして配備すると、オッズを上げられてしまいます。それを避けるため、スタックをすれば、包囲された場合に被害も大きくなるのです。
そこで見捨てられず包囲からの救出を目指して反撃。すると、“C”が出て拘束される。
それを繰り返したため、凄まじい殴り合いが展開されたのです。
43年を終える頃には、ドイツ軍には精鋭の装甲軍団か、後方でパルチザン狩りを行っていた枢軸同盟国か、と。正に、史実に近い状況でした。

終末の44年
44年の春を迎えると、ドイツ軍は決定的に戦力が不足します。
キエフ正面の殴り合いの、その南には戦線など存在しなかったのです。
悪天候での移動力不足により、ソ連軍に回りこまれる事がありませんでした。そう、ドイツ軍はギリギリの綱渡りを行っていたのです。
そして天候の回復により、戦線の綻びを放置する事はできなくなりました。
ドイツ軍の南部は、元の国境を目指して退却。先回りを目指したソ連軍によるオデッサ強襲上陸も行われましたが、何とか撃退。ブーク河に沿って戦線を構築しました。
ソ連軍は波状攻撃により、大損害を被ったものの、遂にはこの戦線を突破しました。
危機的状況は中央方面でも起こります。
奮戦していたSS装甲軍団の1つがEXで飛びます。それを合図に残るSS装甲軍団が他の戦線へと引き抜かれて行きました。
ヘルシンキは毎ターン行われる定期便の攻撃により陥落。フィンランドは脱落していました。これは44年の始めでした。
ソ連軍がルーマニアに踏み込んだのは44年の春。
そしてオデッサとワルシャワの陥落により、ドイツ軍の敗北が決定したのは44年7/8月でした。

お相手くださった、水戸爺さんと紫の旗さん。
有難う御座いました。格別な時間を過ごせました。

さて、ここで日本中へ呼びかけてみよう。
誰か、『THE RUSSIAN CAMPAIGN 2』が再販されて、44年7/8月ターン以降粘れた方はいるのかな?

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