中野歴史研究会の代表をされていた篠原さんが亡くなり、懸念されていた例会が「篠原さんを追悼」するとして開催されました。私はそこへ参加して来ました。
会場に到着してしばらくすると、篠原さんの奥様がいらして。皆と思い出話をしました。
ある程度人数が揃ってから、Middle-Earth東京支部の会長である<麿>さんが挨拶をされ、篠原さんへ黙祷を捧げました。
そして奥様のご挨拶がありました。
「しのはらは、この趣味を持っていて幸せでした。そしてこの趣味の行く末をいつも気にしていました。皆さんは、これからもこの趣味を続けて行って、是非それを伝え続けて行ってください。」と述べられ、目尻を押さえられました。それは美しい映画の1シーンのようでした。
以前から、見知っておりましたが、この挨拶をお聞きして、篠原さんはこんな素晴らしく聡明な女性を娶られたのだと、深く感動しました。
実を言えば、私は篠原さんと対戦したことはありません。何故だったんだろう?何で?何で?何で?
そう、この件に関しては「何で?」という悔いる思いが止まりません。
篠原さんとの一番の思い出は、2人で話しながらMiddle-Earth例会の机を並べていた物です。何でそれになるんだろう・・・。
そして奥様がお持ちしたサイコロを形見分けとしていただきました。最初は1~2個で十分だったのですが、中々減らないため、私が20個近く持ち帰る事となりました。篠原さんが使っていた、青が鮮やかなサイコロです。千葉会へも持ち込みますので、希望があればお分けします。
例会後の飲み会では、鹿内さんが献杯の前に「俺達は篠原さんに借りがあるよな。それをちょっとずつでもいいから、返して行こうじゃないか」と述べられました。
鹿内さんにしろ、<麿>さんにしろ、そして奥様にしろ悲しみを抑えて、素晴らしい姿を見せてくれました。私もそれに少しは近づきたいと思っております。
篠原さん、オレはもうしばらくそっちへ行けないけど、そっちで会ったら何かやろうぜ。それまで待っててくれよ。
篠原さんのご冥福を心より祈ります。
岩永“yagi”秀明
[3回]
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